天国へ

いつかお別れはやってきます。
ある子は唐突に、ある子はゆっくりと、またある子は静かに
目の前からいなくなるのは確かに寂しい。
けれども、彼らが天国へと召されたその瞬間、
今まで過ごした愛フェレちゃんと私との間の距離が
なぜか、ぐっと近くなったような、そんな気がします。
たぁーくさんの思い出は、誰にも邪魔されずに
私の心の中で永遠に輝いています。
そっと、名前を呼んでみる。
ほら、心の引き出しから無数の思い出がよみがえります。
だから、寂しくない。
そんな風に思うのです。

★ナッツちゃん(ナッチャン)と私の思い出★

ペットショップで私と目が合ったナッチャンは、とってもグラマーな女の子でした。
ニュージーのナッチャン。
さとちゃんがピアノのレッスンをしている1時間弱の間に
私はお迎えを決断しました。
ナッチャンを連れてピアノの先生のところへ
さとちゃんを迎えに行ったのですが、
その時のさとちゃんの驚いた顔、笑った顔を私は忘れません。
「ねぇ、名前は何にしようか?」
だいず、あずき、ときたんだから、マメつながりがいいよねー。
そしたら、さとちゃんが、
「ナッツはどう?ナッチャン!」とひらめいたのです。
だから、さとちゃんが名づけの親ですネ。
その日のうちに獣医さんのところで健康チェック。
夜になって、恐る恐る、先住愛フェレとのご対面。
といっても、ほんのわずかだけね。
少しずつ慣らそうと思っていた矢先に、
あずき君が結石になってしまい、バタバタしていました。
緊迫した状況のなか、ナッチャンはほっとする存在でしたよ。
ナッチャンは自分の名前がちゃーんとわかっていましたね。
「ナッチャーン」と呼んだら、どんなに興奮して遊んでいても、
うとうとまどろんでいても、
きびすを返して走ってくるその様子も忘れないよ。
成長とともにますますナイスボディになってきたね。

白血病で最期はちょっとやせてしまって、しんどそうだったけれど、
東京へ一緒に行けたことはとても良い思い出。

ありがとう、ナッチャン。
天国でゆっくり楽しく過ごしてね。
2005年6月28日天国へ

      
★だいず君(だいちゃん)と私の思い出★

だいず君はあずき君と同じマーシャルのフェレットでしかも誕生日が同じ。
いちさん家の波君とも同じでしかも伝え聞くところのよると、恐らく兄弟さん。
どちらかというとおっとりしているだいず君、赤ちゃんだったころは、あずき君とバトルしては泣き
あずき君が病気になってからはナッチャンにやっつけられ、
それでもひょうひょうと生きているところがありました。
お耳が聞こえないフェレちゃんだったので、
ちょっと怖がりさん、慎重さんだったのかもしれません。

あずき君が元気だったころは、よくあずきの真似をしていました。
あずき君が開発した隠れ場所を乗っ取ったりしていましたっけ。
カプッと甘咬みするのが好きな子で、私の手の親指の付け根は大好きだったな。
みつるんの大事な場所もやられたことがありました(⌒^⌒)bうふっ
あずき君の障がい生活のお世話や、ナッチャンの看病など
そのたびにだいずは手がかからないので、ちょっと後回しっぽくなりましたが、
彼は長く生きることで思い出をたっぷりくれました。

パパさんからもらうバナナが大好きで
どんなに寝ていても、バナナを鼻先に近づけると
のっそり起きてきました。

高く登るのも得意で居間から脱出防止のために自作したトビラを
乗り越えられるのは、だいず君だけでした。
実家にいたときに、細いケージのすきまから脱走して、
そのまま1階まで降りていき、遠く離れたお部屋の
クローゼットの中の毛布にくるまって寝ていたのを発見したときは
どれほどびっくりしたことでしょう。

びっくりしたといえば、新幹線車中脱走事件。
東京から大阪へ帰るときに、新横浜を過ぎたあたりで
うっかりしっかりと閉めていなかったケージのとびらから脱走しました。
といっても、前の座席まで脱走しただけですが。
いやはや、それでも私は心臓がばっくばくでしたわ。

寄る年波には勝てず、徐々に年老い弱ってきて
副腎を患っただいず君、最後まで生ききりました。

フェレットのお洋服を扱っているララズファクトリーさんのモデルにもなっただいず君。
いっぱい思い出ありがとう。

天国で豊満ボディのナッチャンにクラクラかな。
あずき君と再会して、一緒にマーシャルファームから日本に来たときの
幼少時の思い出を語り合っているかな。

ありがとう、だいず君